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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和30年(う)152号 判決

控訴人 原審検察官

被告人 柴田昌俊 外一名

検察官 宮崎与清

主文

本件控訴を棄却する。

理由

検察官富山地方検察庁検事正検事野田実治の控訴趣意は、昭和三十年七月二十三日付控訴趣意書記載の通りであるから、此処にこれを引用する。

論旨第一点について。

記録を検討すれば、原判決は、本件起訴状掲記第四、第五の公訴事実につき、「原審証拠調の結果に依り、当該事実を肯認するに充分であるが、他方、弁護人提出に係る戸籍謄本の記載に依れば、被告人柴田昌俊と被害者柴田民雄とは、別居中の三親等の親族関係にあることが認められる。」とした上、「刑法第二百四十四条の親族相盗に関する規定は、森林窃盗の場合にも適用があると解するところ、本件公訴事実中前掲部分については告訴権者柴田民雄の告訴のあつたことが認められない。」と言い、該部分に対し、被告人柴田昌俊に対する関係に於て、公訴棄却の言渡をしたのであることを認め得る。よつて、其の当否を案ずるに、刑法第二百四十四条は「直系血族、配偶者及ヒ同居ノ親族ノ間ニ於テ第二百三十五条ノ罪及ヒ其未遂罪ヲ犯シタル者ハ其刑ヲ免除シ其他ノ親族ニ係ルトキハ告訴ヲ待テ其罪ヲ論」ずる旨規定して居るのであつて、これを法文の文字の上より見れば、恰も同条は刑法所定の窃盗罪についてのみその適用があり、特別法の定める窃盗罪に対しては、その適用を見ないものであるかの如き観がない訳でないけれども、しかしながら、刑法第二百四十四条に所謂「第二百三十五条の罪及び其未遂罪」とは、「窃盗罪及び其未遂罪」と言うのと同義語であり、特別法所定の窃盗罪を除外する趣旨を、毫も其の中に含むものでないと解することも出来るのみならず、斯く解釈することにより、法定刑の重い刑法の罪について、相盗例の適用があるにも拘らず、法定刑の軽い森林窃盗について、その適用がないことより生ずる刑政上の不均衡を、回避することが出来ると考える。検察官の所論は、森林保護に関する国家政策を重視するの余り、森林窃盗もまた窃盗罪であり、窃盗罪は窮極に於て財産犯であることを看過するに至つたものであつて、当審のこれに賛同するを得ないところである。これを記録に徴するに、原審証拠調の結果を綜合すれば、本件起訴状掲記第四、第五の事実を肯認するに足ることは、所論の通りであるけれども、弁護人の提出に係る柴田昌俊、柴田民雄の各戸籍謄本の記載、証人柴田民雄に対する原審証人尋問調書の記載に依れば、被告人柴田昌俊と被害者柴田民雄とは、別居中の三親等の親族関係にあることを認め得る。しかるところ、記録を精査するも、前記公訴事実につき、告訴権者柴田民雄より捜査官憲に対し、告訴状の提出、その他告訴意思の表示が為されたことを認め難く、却つて原審法廷に於ける証人柴田民雄の証言によれば、同人は告訴する意思を持つて居ないことを明白に表示していることをさえ認め得る。そうして見れば、本件公訴事実第四、第五については、告訴権者柴田民雄の、告訴のあつたことが認められないとし、右部分につき、刑事訴訟法第三百三十八条第四号を適用した上、公訴棄却の言渡をした原判決は、法令の解釈適用を誤つたものでないから論旨は理由がない。

論旨第二点について。

被告人等の性行、経歴、境遇、犯罪の状況其の他量刑に影響すべき諸般の事情を斟酌して案ずるに被告人に対する原判決の科刑はいずれも相当である。論旨は採用し難い。

よつて、刑事訴訟法第三百九十六条に則り主文の通り判決する。

(裁判長判事 水上尚信 判事 成智寿朗 判事 沢田哲夫)

検察官野田実治の控訴趣意

第一、原判決は法令の適用に誤があつてその誤は判決に影響を及ぼすことが明かである。即ち、

一、本件公訴事実は「被告人両名は共謀の上第一、昭和二十八年十二月二十日頃滑川市(通称旧東加積村下大甫)大字大林字寺山一一四〇番地所在の石坂清二管理(石坂栄造所有)にかかる森林において石坂栄造所有の杉立木三本(九石位)档立木一本(一石位)計四本(十石位、時価二万五千円相当)を伐採して窃取し第二、昭和二十九年一月二日頃前記大林字寺山一一四五番地乃至一一四七番地所在の生駒斉一所有に係る森林において同人所有の杉立木三本(十二石位、時価三万円相当)を伐採して窃取し第三、同年一月十日頃滑川市(旧山加積村)大字東福寺字石休場一五番地の甲、一六番地の甲の三の四所在の上坂徳恵所有(北野唯一管理)にかかる森林および前記石休場一六番地の甲の一所在の北野唯一所有にかかる森林において右北野唯一所有の松立木六本(五石位、時価九千円相当)を伐採して窃収し第四、同年一月十六、七日頃前記東福寺字腰前八番地の一所在の柴田民雄所有にかかる山林で保安林の区域内である森林において右柴田民雄所有の杉立木五本(七石位、時価一万七千五百円相当)を伐採して窃取し第五、同年一月十七、八日頃前記石休場一六番地の甲の三の五所在の柴田民雄所有にかかる森林において同人所有の松立木七本(十三石位、時価三万二千五百円相当)を伐採して窃取したものである。」と云うのである。

二、之に対し原審は「柴田昌俊に対する関係において公訴事実中の第一乃至第三の事実を有罪と認定したが、公訴事実第四及第五の事実は、柴田民雄、被告人柴田昌俊の各戸籍謄本の各記載を綜合するのに被告人柴田昌俊と柴田民雄とは別居中の三親等の親族関係にあり親族相盗の規定は森林窃盗の場合にも適用ありと解するところ本件公訴事実中の第四、第五については告訴権者柴田民雄の告訴のあつたことが認められないから以上の部分については刑事訴訟法第三百三十八条第四号を適用して公訴棄却をなすものとする。」旨判示している。

三、然し乍ら原判決は左の理由により明かに失当である。

(一) 森林法には親族相盗に関する規定を設けていない。特に親族相盗に関する規定を設けていないのは之を適用しないとするのが相当であるとの法意と解すべきである。即ち犯罪の成否に関する刑法総則の規定は格別であるが刑法各則の規定は特別類型であるから特に適用する旨の規定がない以上直ちに以て他の刑罰法令にも刑法各則の規定が当然に適用があると解するのは早計である。

(二) 森林法の目的は国土保全と国民経済の発展に資するにある。(森林法第一条)刑法第二百四十四条は親族間の内部的事実に対して国権の関渉を及ぼすことを適当としないと云う趣旨から出た人的処罰阻却事由である。之に反し森林窃盗を特別法に規定しているのは国土の保全と国民経済の発展に資する為めのものであり単に個人の私的財産の保護のみにあるものではない。従つて森林法は保安林の区域における立木伐採等については都道府県知事の許可を要する(森林法第三十四条)のであつて所有者と雖も自由に之を処分し得ないものであり被害法益は刑法のそれと大いに異なるものであることに意を留めなければならない。

以上挙示の理由により森林窃盗には刑法所定の親族相盗例を適用すべきではない。然るに原判決は前示公訴事実第四、第五に対し被害者の告訴なき一事を以て輙く公訴棄却を言渡したのは明かに失当であり法律の解釈を誤つたものでありその誤は判決に影響を及ぼすこと明かであるから破棄を免れないものと思料する。

第二、被告人等に対する刑の量定は軽きに失する。即ち本件公訴事実中第四の事実の被害場所は保安林で(記録三九丁以下及三四五丁以下)被告人等は之を充分知り乍ら本件窃伐を敢行したもので公益侵害の悪質事犯である。而して被告人柴田昌俊は本件の主謀者と認められる。被告人大西甚九は柴田昌俊と共謀して本件窃盗の所為に出でたものであるが被害の弁償をしないばかりでなく犯意をも否認し、改悛の情も認め難く情状酌量の余地がない。然るに原判決は被告人柴田昌俊に対し懲役六月、被告人大西甚九に対し懲役四月に各処し両名に三年間刑執行猶予の言渡しをしているが其の量刑著しく軽きに失するものである。

弁護人古屋東の答弁

一、検察官控訴趣意書第一点に対する答弁 所論は原判決の法令適用に誤があると云い、原判決が森林窃盗事犯につき刑法第二四四条を適用したのは誤りであると主張せられる。然し、(一) 森林法の罰則中盗犯に関して刑法第二四四条の適用を除外する旨の規定がないこと。適用除外の法意でありとすれば当然其旨明記すべきである。(二) 除外規定のない限り同一盗犯である以上刑法第二四四条は勿論其適用があるべきである。(三) 所論によれば森林法は特殊の対象法益を有し厳重の取締を必要とする意味に於て一般盗犯と趣を異にするからとの理由が掲げられて居る。然し盗犯としての罪質を比較すれば森林窃盗も刑法一般窃盗も二者軽重の差はないと信ずる。寧ろ法定刑は刑法第二三五条は懲役十年以下であり而かも罰金刑の撰択刑を認めないのに拘らず森林法第一九七条は懲役三年以下の軽い法定刑であり且加うるに撰択刑として罰金刑(僅かに三万円以下)をも認めて居る点に鑑み、反て森林窃盗を一般窃盗より軽く扱つて居ることが法規上肯定せられるので理由とならない。(四) 諸多の有力学説としても原判決が指摘せられた通り孰れも森林窃盗に親族相盗例の適用ありとせられ、積極説を支持されて居るので原判決が同一見解を下し刑法第二四四条を適用されたのは寧ろ当然であり毫も法令適用に誤りなしと信ずる。

二、同第二点、量刑に関する答弁 所論は原判決が刑の執行猶予を言渡したのは軽きに過ぐるものと云われる。然し本件の実質犯情を検討するに、(一) 所犯は大量又は多額の被害に及んで居ないこと、(二) 被害者中石坂清二、生駒斎一の分以外は親族関係なること、(三) 被害者側から被害事実の話をされるや被告人は進んで熟れも自己の所為なる旨を直に告白し、首服又は之と同様率直に告白謝罪せること、(四) 警察署の取調着手前に全部被告人が田地を売却して金策し一切弁償解決せること、(五) 全部の被害者が被告人の所罰を望まず御寛大の御処分を望めること、(六) 犯罪動機は、女児のみ五人の子供で長女に婿を迎え家計費に窮した結果にて悪質性の認められぬこと、(七) 被告人は前科なく従来中堅農家として実直に生活し居たこと、(八) 森林法は罰金刑の法定刑あるも原判決は懲役刑を選択せられ比較的重き刑を言渡されて居ること、等に徴して執行猶予に処せられたことは決して軽きに過くることなく寧ろ量刑妥当であるから控訴理由ないものと信ずる。

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